出入り

 ヤバイなあ と思ったのは車で病院の敷地を出て、神社の駐車場で一服つけたときである。
抗がん剤の副作用が激しくなるのは、点滴が澄んで5日目から10日目なのだ。
丁度晦日から正月の三が日、息子家族が見舞いをかねて 遊びに来る日と重なる。
心配の種は、頭髪はもう抜けてしまったからいいが、足の指手の指のシビレと便秘 下痢である。
下痢便秘は何度か経験しているので 弱中強と三種の薬をもらってあるし 使い方も心得ている筈であるのだが、
その時の体調もアリ 計算どうりには行かないことを知っているからこそ ヤバイのである。
トイレに出たり入ったり「オジィチャマ早く出てよ」等と言われる無様は孫には見せたくない。
ダンディなおじいちゃまは 今さら無理だとしても 多少の見栄は張りたいもんだ。
大晦日元日は穏かに済んだが 腹の張りが感じられるようになった、元日に弱を飲んで二日に中を追加する、孫達はバトミントンと凧を持って海浜公園に行く、3時間は猶予がある筈。
下痢はその気になっても ガスなのか物なのかが しゃがんでみないと判らない、とその気になったらパンツを下ろして見ることしか方法は無い。

 それでもトイレへの出入りを繰り返し なんとか大願成就がかなった時には 三枚のシャツがジットリ汗ばんでいた。内湯に入っていい気分に浸っていたら、
恐ろしきは
           地震 雷 火事 おやじ は昔の話。  地震 雷 下痢 便秘だなあ いやガン 便秘じゃないかなあ と思案中 「 ただいま〜 」と元気な声が聞こえてきた。

クリスマスプレゼント

 12月25日クリスマスは サンタからのプレゼントを受ける日 何かしらいい事があってもおかしくはない日である。
ボクにとっては抗がん剤の点滴を受ける日でもあった、朝9時に熱海厚生福祉大学病院に行き、採血、採尿を済ませ点滴の為の注射が手首にまかれる、そして待つこと一時間半、採血の結果が出て主治医判断を聞いて 点滴を1時間半。
ナンヤカンヤで計5時間かかることになる。
待ち時間は駐車場まで3階を下りて 車で寝て待つか図書コーナーで本を読むかしかないのだ、点滴の副作用で頭髪は抜け、まつげは抜け髭も全部抜けてしまった、まつげは付けまつげという手も無い事はないが。
下痢と便秘を繰り返し、三半規管がおかしくなり、鼻水が出て鼻血もでる、急に20歳も年を採ってしまったようだ。
と考えている時にサンタが現れた、がん科学治療法の副主任が 治療室のベットを空けてくれたのである、これならば点滴を受けながら寝ていればいいということになる ナンボ楽になることか。
サンタお姐さん クリスマスプレゼントをありがとう。

                       
                                 


飛脚便 その2

 スマホの便利さ実用性は モペットの御蔭でいやというほど 知らされたことになる。
週末には次男の嫁が孫達の写真 動画を送ってくれるので 便利さは判っていたが 送る側になるとは考えていなかった。
動画では運動会やお転婆ノリのブランコ 3歳の孫の湯船の掃除の様子等を楽しませてくれる。こちらから
孫にジジババの写真送れば 莫迦にされるのはわかりきっているし、、、。

ガラケイの電話帳やスマホの L I N Eを開いても 文章を送れる相手は限られている。
10代ならば糸電話 その前黄泉の人なら飛脚便と伝書鳩でいいが 面倒なのは六十代半ばから七十代半ばで 会社勤めをしていたと思われる人種である、地位があって面倒なS N Sは部下にやらせていた という桜田義孝大臣的人種、退職したら何も出来ない男が ワンサといるから困る。
奥さんにメールを送って本人の意向を又奥さんが返信してくるという男もいる。
それ以上90代ともなれ ば固定電話か病室に見舞いということになるから それはそれで諦めが付く。

ノートに電話帳を作って 人名年齢をメモって置くしかないのだ。名前と年齢と最近のボケ具合を記入しておくのがいい、
ただなあ 自分のボケ具合が自分で判定できないのが難だ。

飛脚便 その1

 「面倒臭い時代になったもんだね。」
 「いや便利な時代になったんですよ 」と正反対の意見は 年回りが二周りほど下のО君である。
彼は理系 こちとらは自慢じゃないけど文系である、愛用していたモペットを彼に頼んで オークションにかけてもらった。
彼は愛知県在住で ポートレート塾の第一期生ということになる。
モペットの写真をとり ハガキ大に紙焼きをして、、、とやっていたが埒が明かない。マンションに住むデザイナーに頼んでスマホで撮りО君に送ってもらった、このデザイナーは50歳である。
他にもサドルの表面がめくれて見えるとか、強化したブレーキってどれ等と質問が来ると いちいち他人に頼むわけにはいかなくなった。
さほど難しい事ではない事は判ったのだが、得意といえるにはまだ時間が掛かりそうだな。

モペットの落札者は決まったが配送が出来ない、年末荷が立て込んでいるから 年内は受け付けられないという。
業を煮やしたО君愛知県から 兵庫県高砂市まで運んでくれる事になった、二代目社長業があるのに どうにもありがたいというか申し訳ない思いである。
昨日自宅に帰って 今日落札者の住む兵庫県高砂市まで行ってくれている筈、渡したと連絡があったら土下座して
参拝九杯せねばなるまい有難い事である。

                                    続く

愛 着 

 もし もしだが医者がOKしてしてくれるなら、もう一度買い直すに違いない、トノサマガエルが風邪を引いたようなあのエンジン音でさえも、なぜか離れがたい。
4200Kmほどのって小松ゼノアのエンジンは絶好調、 
「何もオークションにかけるのに タイヤを新品しかも 買った当時のホワイトリボンの倍以上だぜ、おまえバッカじゃないの」といいたそうそうなバイク屋。

 ”籠に乗る人 担ぐ人 そして草鞋を作る人”
そんな時代からしてみれば FK310に乗る人は 籠に乗る人に当るだろう。
長い距離重い荷物、妻と一緒ならば車、ちょいと町までならバイク となるとFKの出番は天気のいい 気分のいい又は運動不足と感じられる時に限られる。
テニスでおばさん達にいじめられるのを避けたいから 脚力は鍛えておかねば。
海抜200mの所に住んでいれば、くだりはエンジンは必要ないが 登りは足で補助してやらねばかったるい、まあこれが脚力を鍛えてくれるわけだが。

 スーパーに停めればおばさん達に,公園では子供達からの質問攻めにあう。白バイに停められた時には驚いたが小田原署の白バイ、小田原市内では見たことがないという。
前に住んでいた二子玉では良くかけたが、湯河原あたりでは珍しい乗り物となるわけか、バイクより背が高くヘルメットを乗馬用のスエード調としているから 悪眼立ちするのかもしれない。

「もしも」がもうひとつ許されるなら あと10歳若返ってこのモペットを楽しんでみたいもんだ。

愛 着

 我家で家庭医としてお世話になっている 岩崎クリニック。
そこの女医先生は「庭の枝払いなんかしちゃだめよ、骨が柔らかくなっているから ちょっとした事でも大事になるわよ」
熱海の大学病院の主治医は「なに? モペット! バイク!それは即刻棄てなさい!」と頭ごなしに言われては反論する余地など無かった。
こんな山奥に住んでいるとバイクはとても便利だし、モペットは他の乗り物には変えがたい 楽しみを感じさせてくれる乗り物なんだけどなあ。
 痛み止めに強い薬を飲んでいるから 諦めるしか方法はなさそうだ。
バイクはヤマハの原付、今は作っていない中古の2サイクル 出だしはいいパワーはあるで申し分ないバディだった。
知人の孫が大学に入って バイクを欲しがっているというので もらってもらった。
残るのはFK310エンジン付き自転車 モペットである。
俗に出来の悪い子ほど親は可愛いとか、こいつも手が掛かった、フューエルメーターが無いので2Lの大型タンク、
エンジンが掛かりやすいオートデコンプ取り付け、ブレーキの強化、両立のスタンド、マフラーカッター等。
オークションに出す為にと点検してみたら タイアのひび割れが目立ち交換と、とにかく出来の悪い息子ではあるけど
なぜか情が移ってしまったこれを 愛着というのだろうか。
                  
続く



松茸の露

 半世紀も前の話だから詳しくは覚えていない、季節は晩秋から初冬にかけてであったか、特に寒い日ではあった。
夜の十時に目黒駅前に住む 友人の坂口を尋ねる予定になっていた、噂では彼のおやじ殿は鉄鋼業界の大物、そして業界一の英語通だという。
 朝おきると顔を洗うとき、トイレ、食事中もカセットテープを回しっぱなしだったという、彼(邦彦)自信はヌーボーとした風采、よく言えばいい所のお坊ちゃん、悪く言えば暗闇から引っ張り出した牛だったな。
目黒駅から2,3分2〜3百坪と思える 鬱蒼とした森に平屋の武家屋敷風建物が建っていた。

ある朝食事中に運転手が封筒を手に入ってくると「長い事お世話になりました」と封筒をおやじ殿に差し出した。
中には退職願いが入っていたそうな。
「辞めた後はどうするんだね君は!」「おかげ様で通訳の資格が取れましたので、、」
これには流石のおやじ殿もア然としたという。寒さに耐えかね小便もしたくなったので 15分待って呼鈴を押し
た、なんと思いもしなかったおやじ殿が出てきた。
小柄だけどガッチリした筋肉体質、「こんなに遅く他人の家を訪ねてナンの用だね!」といきなり上から目線である。
「 十時に邦彦君と門前で会う約束をしていたんですが まだ出てこないんで、、、」といえばそのおやじ 何も言わずにきびすを返して家の中に入っていった。
”そうか息子が君に迷惑をかけたのか、先ず入り給え”位の挨拶は在ってもおかしくないのに、まあ鉄鋼業界だから冷たいのは当たり前なのか。
それでも扉を開けっ放しにして家に入ったのは せめてもの侘びの心算なんだな。
やがて暗闇から牛が出てきた、「
「おい寒いんだ トイレを貸してくれ」と金隠しの前に立てば、なにやら短冊が貼ってある。

 ” 急ぐとも 心静かに棹差して 横に漏らすな 松茸の露 ” 無骨だけど粋なおやじであったな。
  

ホラとホラーと

 「日曜日には豆台風が湯河原を襲いますよ」と恐ろしいメールが次男の嫁から届いた。
嫁の実家の母は「ウチは2人の娘を育てたけれど おとなしかったねえ」といい、我家では「ウチは息子二人を育てたけど、こんなにヤンチャじゃなかったねえ」と妻が言う、8歳と3歳の孫娘たち。
10月の梓の誕生祝には何がいいのか嫁に尋ねたら、「ダブルのマジックテープの付いたスニーカー」とリクエストされたそれだけ動きが激しいということらしい。

夕食の前に大浴場で温泉に入り いざ帰り支度を始めたら 次女の真弓が僕の腰にしがみついてきた。
「ありがとう今日はよく来てくれたねえ、又きてくれるかなあ」といえばウンウンとばかりに頭を腰に押し付けて
「いいよ!」のサイン 
「だけど君たちが帰っちゃうと、おじいちゃん寂しくなってエンエンエーンて泣いちゃうかもなー」といえば何のサインもなし、凍りついたように動かない。
両方の手でほっぺたを挟んでこっちを向かせると、眼には涙が一杯浮かんでいた、女の子を泣かせてはいけないと家訓にあった筈だが。

 さて内湯に入ってさっぱりするかと 風呂に湯をためだした頃になってメールが入った「風呂に行きませんか?面倒見させてもらいますよ」と最年少の友人S君からである。
まだ自信が無いからと丁重にお断りして よかったと思い知らされたのはこの直後である。
43度の湯に漬かり 気持ちがいいからと湯船に入ったまま頭を洗った、どうも手触りが違うなあ 眼を開けてビックリ、手の皮膚が見えないほど1に抜け毛がビッシリ、オレにはまだこんなに髪が生えていたのか とまるでホラー映画の主人公を演じてしまった。
どうせ抜けるなら全部抜けたらスキンヘッドでいいだろうに、未練がましく残り髪があるのが残念である。

カラオケ事始 

 熱海にスタジオを建てて東京から通い、夜遅く食事する居酒屋「村長」ではマイクがよく回ってきた、見知らぬ女客から「赤と黒のブルース」をリクエストされた事があった。
聞いた事はあるけど歌ったことのない鶴田浩二の歌、酔いにまかせて歌った、うまい筈はないのだが村長のお上さんは
「あちらのお客様から」と女性を指をさし お銚子が届いた。
ブタもおだてりゃ木に登るとか、カラオケにはまったのは あれがきっかけかもしれないな と思えるのである.

 一度熱海のすし屋でお目にかかっただけの方だが、妙に印象に残る言葉を残してくれた人だった。
「歌とか演歌は、誰がどんな歌を選んで どう歌いこなすかが本人の持っている”芸”なんだよ、河合くん」
彼は熱海で芸者衆に踊りを教えており日芸の日本舞踊の指導、SKDでの指導など僕との共通点もあった。

 このマンションンには83歳になるSさんが月に二度ほど来る,彼の歌う「おまえに」(フランク永井)が抜群にいい、彼は現役時代に脳梗塞を患って一年間入院したことがあるという、奥さんにかけた負担がこのエモーションに現れているのかに違いない。
”そばにいてくれる だけでいい 黙っていてもいいんだよ 僕のほころびぬえるのは 同じ心の傷を持つ
お前のほかに誰もない、、、。”と続く

”艱難汝を玉にす”とはこのことか と思わせるのである。
                                    完




カラオケ事始 

その頃、帝劇では佐久間良子主演で「唐人お吉」という芝居をやっていた、何回目かの公演だとかで盛況だったらしい、見る機会はなかったけど。
下田に取材に行った時には お吉の葬られている寺にもよってみた、歴史学者文学者など著名な方々が お吉の功績をたたえて立派な石碑が建てられていた。
身も心も異人に売った女として蔑まれ、はたまたハリスの体の具合が悪くなって、牛乳を欲しがり農家を歩いて牛乳をハリスに飲ませた事。
下田が牛乳発祥の地となったことなど、わが国開国に尽力した事など、今ではスマホで簡単に知ることが出来るけど。

事務所にあるマネージャーがモデルの売り込みに来た 仕事の話が終わると 何故か話題がカラオケになった。
このマネージャー初対面の緊張が取れたのか 口調は次第にオネエ言葉になっていく。
「あたしはねえ作詞も作曲もやっているのよ、教えてあげるわよ、歌いたい歌あるの?」
てな事になってなりゆきで 中目黒のカラオケボックスにつれて行かれた。「何?お吉物語!あれは難しいわよ、だけどアレを歌えれば他の歌は屁みたいなもんよ!」
伴奏が始まると、「マイクは小指を立てて持つのよ、着物を着ているつもりで内股にしなきゃあ駄目じゃないの」
とコーチを受けたのはこの二つだけ、後は彼いや彼女はビールにピザ、焼きうどんと次々に平らげていった。
それでも2時間 聞いた事がある歌を 存分に歌うことが出来ていい経験になった。

続く





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