トラウマ年賀状

 ここ数年 年賀状はいただいてから出すのが 習慣になってしまった。
年上だとか 仕事で大変お世話になった方とかもいるから 失礼だとは思うのだが 前年内に出すのが怖いのだ。
以前 昔のアシスタント兼相談相手だったジローに年賀状を出したら 「兄は昨年亡くなりました」と 妹さんより電話があった。
建築家で登山家でもあった池田錦重の死も 年賀状を出したら奥さんからの手紙と 彼の登攀歴を綴った本が送られてきて彼の死を知った。
また6〜7年の付き合いだったが アル品の鑑定では日本一を二度とっている方だが 彼からの賀状には「正月には孫たちが遊びに来るのでお爺ちゃん役です」とあったので翌年の賀状には「お爺ちゃん役 童心にかえって楽しんでください」と書いたらその後 音信がプツリと途絶えた。
自分で言うオジイチャンは良いけど 他人には オジイチャンと言われたくない という心境か。
ダジャレ ブラックを含めた ジョークを解さない男とは付き合いが難しい。

それらがトラウマとなって 前年に出す年賀状が怖くなってしまった。
友人に写真家 編集者が多いから皆素敵な写真を送ってくれる、が宛名はほとんどがプリンターを使ったもの、手書きが少ないのはチト寂しい。
ゴルフ誌の編集長の賀状は引退通知も兼ねて ”いつか湯河原で”の文面、宛名書きがこれまた素晴らしい、楷書でも行書叢書でもなく悠書とも言うべきか、 字を一つ一つ楽しみながら書き 読む人をも楽しませてくれる字だ。
こんな粋な男もう一花咲かせて欲しいものだ。
皆さん 心のこもったの素敵な年賀状を有難う。


 

竹取物語  その2

 翌日は準備万端で臨む、鈴木君はジグゾーをぼくは電動丸鋸と鉄切り鋸を持った。
スタジオに行く途中富岡農園によって ミカンの発送を2,3頼んだのだがその時に 竹って太いのは切りにくいもんだねえ、というと富岡のオヤジは軽トラから鋸を出して「これをやるよ」と鋸をくれた。
柄は赤いプラスチック歯は所々にさびが浮いた鋸、安物に見えたが「良く切れるぞ」と無愛想な顔でぶっきら棒に差し出した。
スタジオに着くと25メートルのドラムを二本つなげ 野を超え山越して竹林に電気を引き 直径20cmほどの竹に挑戦した。
丸鋸は安全カバーが竹切りには邪魔になる、ジグゾーは歯が折れてしまうでやる気がまるで裏目、あのオヤジがくれたサビの浮いた鋸が大活躍という結果になってしまった。
日曜大工センターで買った新品の竹鋸と プロが使う竹鋸の差 イヤというほど思い知らされた。帰り道にはCEOの家で南天の変わりにピラカンサをもらった、これは薬用だというから南天の代わりにはなるはずである。
翌日からから鈴木君は玄関で店開き、地主さんが梅、赤、白、ピンクと皇室献上畑から軽トラ一杯、その他水仙の花ひと箱、ゆずダンボール一杯を寄贈してくれたので、「自由にお持ち下さい」と書いたので大賑わい。
ジジババが門松はアアでもないコウでもない と楽しみながら皆が協力 なんとか門松らしきものが仕上がった。
同じマンションに住みながら シャトルバスかカラオケ大会と大浴場 位しかお互い顔を合わせる機会はない。
皆で何かを作る輝いている顔 顔 顔が嬉しそう。
来年も苦労はするけど竹取をやるか? かぐや姫には合えなかったけど。





竹取物語 その

 わがマンション15年目の改修工事中である。
気の毒な事に工事のクレームが ナンダカンダと理事長の鈴木君に集まる。
彼は50歳のデザイナー 大浴場が工事の時には3週間どちらか片方を使う事になる、3時間ごとに電光掲示板を「男湯」「女湯」とし、のれんは男青、女赤に変えなければなインだからやっかいだ。
いつも机に座って仕事をしていた彼が 体を使う面白さを覚えたのか、年末には門松を作ろうと言い出した。
この建物が出来て13年間は 管理人が器用でプロ顔負けの門松を二つの玄関にて手作りしてくれたが、去年は臨時の管理人で出来合いのしょぼい門松だった。

バイクの事は彼が教えてくれるし、カラオケの機械の調子は彼が見てくれる そして風呂友でもある。「竹取に付き合ってください」といわれれば「いやだ」とはいえないんだなこれが。
スタジオ近くの竹林に入るとこれがいいと、彼が選んだ竹は直径25cmほど、竹専用鋸で2人で交代しながら切って約40分やっと切れたが倒れてくれない、周囲の竹に寄りかかって押しても引いてもビクトモしない。
肉の厚みが3cm程、車につめる長さにするのは、、、。
陽も翳ってきた今日は諦めるしかないか、あんな太い孟宗竹じゃああの台座にゃあ収まらないぜ、という結論となり翌日に持ち越しとなった。
強風用の植木の支えに使う竹は 10秒もあれば気持ちよく切れたんだけどなあ。
                          続く

ドーリンピック

 暫く留守をしている間に不思議なルス電が入っていた。
名も名乗らずくぐもった声、正確に話すように感情を交えず、正確に話す酔う訓練を受けたような話かた。
その内容はロシアでは ドーピングでオリンピックに出場できない選手が大勢いる。
そこでドーピング選手だけを集めて オリンピックの記録を全て塗り替えてしまおう という機運が高まっている。
これを全世界に呼びかけるべきか否か、検討中だというのである。
名ずけて「ドーリンピック」面白そうだがまだ出場依頼のメールはない。

忖度文化

 テレビで相撲を放送していても千秋楽は見ない。
横綱白鳳が張り手を使えば相手は軽い脳震盪を起こす、となれば白鳳が勝つに決まっている。
その決まりきった勝者に賞金を出す企業がある というのだからバカバカしくて見ていられない。
ナンでも横綱に対しては張り手を使わない、という申し合わせがあるとかないとか聞く。
あるとするならあまりフェアなルールじゃないなあ、反対なら面白いのだが。

東芝がおかしくなったのも上の者に物がいえないという風通しの悪さ、忖度が原因なったとか。
安倍首相夫妻に忖度したモリカケ問題も、殿のご意向、永いものには巻かれろの封建時代の名残りだ。

「この国は 司法じたいが忖度し」の川柳もある、オリンピック パラリンピック標語は
”おもてなし”より ”SONTAKU”のほうがいいと思うけどなあ。

小さな小さな干し柿

国道を135を右に折れて急坂を登り始めるとミカン畑が広がる。
つい先ごろまで黄色だったミカンは、今はもうオレンジ色に色変わりしている、オレンジ色とはよく言ったもんだ。
良くは判らないんだがミカン畑には、よく柿ノ木が植えてある、10M以上の高さで渋柿の実を一杯つけている、
数百個の赤い実で葉が全部落ちているから、まるでクリスマスデコレーションだ、誰もこれを採ろうとしない、
なら何故植えてあるのか? 
テニス仲間の一番若いS君がこれを欲しいという、渋柿を食えば渋いハンフリー ボガード見たいにでもなるつもりなのか。
近くのミカン農家に聞くと「あんな小さいの採っても誰も文句言わないだら」そんじゃまあもらっていくだら、と沢山採ってきた。

疎開先の宮城県では大きい釣鐘型の渋柿だった、採って干し藁の中に入れておくと熟して旨くなる、と学校に行く途中一生懸命励んだもんだが、熟した頃には誰かに盗られてて食べた事はなかったなあ。

ぼくはゴルフボールほどの大きをさちまちまと皮を剝いて16個縄につるした、彼は家に帰ってから百個吊るしたと言う、「渋いうちに食えばハンフリー、ボガードになれるぞ」「誰ですかナントカ ボガードって?」
57才じゃあ知らなくて当然か、干し柿出来上がった頃には梅干位になっているだろう、それでも新潟 故郷を思い出させる味にはなるだら。

ブルーヘブン

 天気のいい日は気分がいい、当たり前だが身にしみて判ったのはつい最近。
高気圧に覆われると、来月からテニスに復帰できるかもと思い、低気圧が伊豆半島を覆うと体調がめっきり悪くなる。
右手の動かし方で骨がコッツンと鳴ったりビリビリッと来る、そしてあちこちが痛むんだからたまらない。
テニス仲間の50代の女性は肩の骨を折って、復帰までに八ヶ月掛かったという、50代で八ヶ月ならオレは一年ぐらい掛かるのだろうか。一年かかってもいいテニスやゴルフ そしてカヌー遊びが出来るなら。
その時期には老いぼれて体力がどの位残っているのやら。
今の楽しみはDVDと読書しかない、見舞いに友達が貸してくれた葉室麟、池井戸潤、ドロシー ギルマン、原田マハ,恩田陸,角田光代、佐伯泰英、池澤夏樹、と貸してくれた本を片っ端からである。
たまには気分転換でカラオケでもやりたいが、このマンション15年目の改装工事中で娯楽室が使えない、スナックに1人で行く気力もない、と入院している元左官屋の大将を見舞いに行った。
彼は脳梗塞で右利きで左脳をやられたから右手が動かなくなっている、身近な三人の脳梗塞を見舞った事があるが、右利きは全員左脳がやられている。
という事は今右手が使えない事を良しとして 左手を鍛えれば脳梗塞を起こしても左脳がやられる可能性が減るわけ、という事になるだけど難しいんだよなあ、左手を右手並に使うのは。

年代別通話法

 電話をを取ると「ナアンだ元気そうじゃない、心配したぜ〜」あまり聞き覚えのない声。
「何で?」「暇が出来たから箱根方面に行ってみようと思ってさ、ついでにお前の情けない姿を拝見しようってPCメールを送ったら返事がないから心配したんだぞ」
そういえばここ一週間ほどPCを開いてなかった、「今名古屋だから二時間後に会おうぜ」で電話は切れた。
関西に住む悪友からだった。
まあ 振り込めサギじゃなくて良かったのか悪かったのか、いまいち面白みに欠ける事は確か。

年齢の上の人は固定電話か手紙とハガキ、同じ程度の年代はガラケイとSNSのショートメール、も少し若くなるとスマホでLINEが多くなっているのかな。
連絡する時には顔を思い浮かべ、あいつはガラケイ?あいつは早寝だからショートメール送っとくか?あの人は手紙だな等と通信法を選ばなければならなくなった。
便利になったのかシチめんどくさくなったのか判らん。
息子夫婦が研修をかねて一家四人で九州へ行った時には、嫁がLINEで写真も送ってくれた、外人講師と遊ぶ孫達、
小倉城をバックに人力車に乗った孫とか車夫に抱かれた孫の笑顔等など、いっしょに旅しているような気分も味わえる。
こんなのは先ずは嬉しいほうだ、オレのご幼少の頃は糸電話だったんだから。

女は弱 しされど

 若い女性が過労死と過労による自殺をしたという、この国を代表する企業電通とNHKでである。
報道の雄であるべきNHKがこれを三年も公表しなかった隠蔽体質にはあきれるが、それはともかく
若い命を賭けてまで夢中になれる仕事があったのだろうか?
時代小説では藩のために、藩の命で命を懸けるというストーリーは良くある話だし、戦時中我家の庭に防空壕を掘ったら、武士三名の切腹のあとがあった。
中央に主人と両脇に1人ずつ、既に骨も刀も粉になっていたいう、その時代ならばさもアランとは思うが、
今の時代うら若き女性が切腹同様の死に方をするとはどうも解せない。
こんな仕事命懸ける価値があるのかよー、冗談じゃネエヤ仮病になってやれ、もっと人を大切にする会社でやり直してみようなどとは思わなかったのかな。

それに対極するのが2人のセンセイ方、言わずと知れた「この ハゲー」議員の豊田真由子センセイと 週四日もホテルに通つた精力絶倫の山尾志桜里センセイである。
マスコミに叩かれても、世間の目がどうであろうと又も選挙に立候補したという。
乞食と議員は三日やったら辞められないとか聞く、この2人にも自殺を考える純情な時期があったのだろうか、それとも元々恥なんて感じない遺伝子を持って生まれてきたのだろうか。
「女は弱しされど母は強し」と単純に考えたほうがよさそうだ。それにしても
議員同士がろくな働きもしていないのにセンセイ センセイと呼び合

うのを聞くと鳥肌が立つのは俺だけかな。

友を選ばば

 右手を上げると骨がきしむ、左手を上げると帯状疱疹で痛い、だから目薬もさせない。
そんな悶々とする日を送っている時に電話がなった、昔懐かしや 半世紀近くも前に済んでいたマンションの 住民八木さんからである。
「俺 八木だけど、、、かわいさん元気?」
「それが元気じゃないんだよ」で始まりバイクの事故の一部始終を話してしまった。
彼は建築会社の札幌営業所長を務めていたこともあり、子供同士が友達で仲が良かったが、お互い変な奴がこのマンションには住んでいるな位の認識だった。
休日には車のエンブレムをはずして歯ブラシで磨くほどの車好き、子供が車を触ると「触るな 車が汚れる」といい僕の方は「触るな 手が汚れる」 という違いがあった。
体が大きく星野哲郎に似たダンディな男である、夜の十時ごろ聞きたい事があって電話したことがある。
「河合だけど夜分申し訳ない」
「あっ、、、河合さん 悪いけど今日は若いのが皆出払っちゃって ババアが1人しか残ってないんだよ」とデリヘルのおやじを演じみせる。
彼のバイク仲間にもおかしいのる、S君は超が付く女好き、車が縁で引っ掛けた女とデートは京都としゃれ込んだ。
京都中どこ行っても男が2人、目立たないように後を付けて来る、気になって仕方がないが 日が暮れてきたので、予約していた都ホテル逃げ込んだ。
ベッドに入って「今日は気持ち悪かったなあ,変なのに付回されちゃちゃってサア」
「ああ、、、あれ?あれはウチの若い衆よ」とまあ ヤクザの組長の一人娘だった。

「河合さんの話 あいつらが聞いたら歓ぶだろうなあ〜」と八木さん
追加サービスで肺に刺さった骨の写真と、肋骨が折れた二枚のレントゲン写真を郵送した。
まあ笑ってやってくれ、いい供養になるだろう。



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