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  • 2019.06.01 Saturday
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いつまで続くぬかるみぞ

 がん治療は第三段目に入った、一二段目はあまり効果がなかったということだろう。
昨日は手の指10本のうち9本目の親指の爪がぽろっと剥がれた、残るのは右の親指の爪だけとなった。
以前ペギー葉山が歌った歌で「爪」”もうよしなさい悪い癖 爪をかむのはよくないわ ”と歌っていたが悪い癖でもかめるだけあればいいよなあ 無くして見て始めてあることのありがたさが判るんだ。

 朝7時に飲む抗がん剤、後は8時間おきに15時23時と呑まねばならず 22時には別種が加わる。
これだけならまだいいのだがこの副作用 胃腸の不具合 食欲増進剤 アレルギー抑制 カルシュウム補給 便秘薬などなどブランチの後だけで6種類9錠が待っている。
外出には痛み止め2種と水、寝る前には何分前 又は何時間前かを体調により計算して睡眠導入剤をのむか又は枕元に用意する。

 先週は伊豆山に住むS君がカラオケやろうよと遊びに来た。
「『乱れ髪』覚えたいから教えて」という、あんな難しい歌は僕のレパトリーには無い 第一髪は脱毛してしまってツルッパゲ、髪の乱れに手をやれば赤いけだしが風に舞う、なんて感情が伴わず歌えるわけ無いだろう。
あいつ嫌がらせに来たのかなあ ポルシェの乗って。

流石にアメリカ 

 看板もネオンも無いフツーの民家 その一軒と駐車場をを呼指差すと ” ジャズを楽しめよ”といって走り去った。
「さすが観光の街だねえ」と梶山さん、中に入ると30人ほどの客でほぼ満席、丁度休憩時間だった。
飲み物を注文すると彼はすぐに席を立ってトイレに向かった、暫くすると席に戻ってきたんだが 大笑いしたいのを我慢して口を押さえてる ウッシシシと声を上げたい様子だ。
「どうしたんですか」と聞けば
まあ君も行ってきてごらん とばかりに僕の肘を引っ張った。
トイレの前まで行くと大きなガラスのケース その中には大柄なジエーン・ラッセルのくりそ人形が白い華やかなパーティ衣装をまくり上げ パンティを足首まで下ろし便器に座っている。
表情は凜としていて風格さえただよわせてせている、席に戻ると梶山さん「さすがアメリカだねえ 日本じゃあどこを探してもあんなのはお目にかかれないねえ」
その時は気がつかなかったが ジャズを聞くのが目的ではなかった? 面白い仕掛けの店があるぞと誰かに聞いて
ジェーン・ラッセルに会いに来たのかもしれない。

 「何か僕が役に立てることがあったら言ってらっしゃい 協力させてもらうよ」
  物静かな中年の紳士     これが梶山季之さんとの一期一会であった。

流石にアメリカ  

 ギヤラクシーという立派な名前のフォード車 吾妻氏の次に乗せた大物は 梶山季之氏だった。
彼が「黒の試走車」という企業小説をベストセラーとし トップ屋として大活躍している事は知っていたが 会って見ると物静かな中年の男だった。
 彼をサンタモニカにあるJAZZのライブハウスに案内してくれ と頼まれてのだがそれが今となっては誰からどうしたルートでき来たかは思い出せない。
サンタモニカの街ああ行ってこう行ってって そこを左に曲がれば的な カーナビの無い1964年いい加減な道順を聞いて出かけた。
夜の8時ごろそこは住宅街で猫の子一匹通っていない 暫くうろうろしていると対面からパトカーが来る”よしついているなあ”と窓を開けると 「一方通行だよ」と機先を制されてしまった。
違反のチケットは覚悟したが「日本のルポライターをライブハウスにしたいんだが ボク自信行った事が無くって」
といえば じゃあ オレが案内するよとばかりに先導してくれた。違反チケットはナシである。

 LA警察の近くのコーヒーショップでバイトした時には 夏休みには一ヶ月の休暇をとって友人仲間と共同で買った別荘でクルーザーを楽しむんだ 等とはたびたび聞かされていたので ポリスのスケールの大きさが違うのであるろう。
                        
                                      つづく
 
 

逢いたい人

いっぷくしようとベランダに出れば 眼下には鯉幟が元気良く風になびいている。
魚屋の前を通ったり 鯉幟をみると思い出すのが 新婚ドライブについてきたオジャマ虫の吾妻兼次郎さんだ。
ネットで調べるとマリノ、マリーニに師事して紫綬褒賞 旭日小綬賞など沢山の賞をもらって 90歳ミラノで亡くなっている。
サンフランシスコで魚の水揚げを見たときには「魚って まあいろんな種類がいるもんですね」とぼくが言えば
「河合君魚はね メスが岩陰に卵を産み付けるだろ すると他の種類のオスが精子をかけて行ったりするんだよ だから混血種が増えるんだな」
「そのオスはマジなのかイタズラなのか どっちなんでしょう」
「そりゃあまあ子孫繁栄を願ってるんだろうな」
相変わらずニコニコ顔で言うから 真面目なのか冗談なのかは判らない、が面白い。
黄泉の国でもジョークを振りまいているに違いない。僕もあっちに言ったら 先ずは会いたい男の1人には違いないのだ。

急告 元塾生諸君へ

 スタジオのロッカーに 誰かのカメラバックが置いてある。
ジュラルミンのハードバックに マミヤの一眼レフが二台、他レンズ ポラバックだ。
置いていっておかしくない O M 儀には連絡したが皆自分ではないという。
スタジオはまもなく閉鎖するのではやめの連絡を待つ 。

謙虚御無用 その

 吾妻さんの話を聞くと謙虚さを持っているのは わが国日本だけかもしれないなあ。

あれから半世紀たった今 日産元会長カルロス、ゴーン。どこの国の血筋を引いているかわ知らないけれど、自分勝手で強欲な金の使い方からは 自ら罪を認めることはありえない。

最もこの国の首相が規模の大小は別としても 女房の友自分の友に国税をばら撒いているんだから 裁判所もバランスを採るのに難儀するだろうなあ。
沖縄の辺野古にアメリカ軍のために 何兆円もかけるとはどういう神経なのだろう
それでも首相の支持率40パーセントとは 驚き意外何者でもない。
謙虚さを忘れた首相、忖度に徹する官僚、平成の次の年号は「忖度」だな。

いやその前に世界一時間がかかるというこの国の裁判、ゴーンの 結果を見れる日がいつになるやら。

謙虚御無用 その

 五月蝿いのが去って日本人三人だけになると、吾妻さんは緊張が取れたのか笑顔が戻ってきた。
先ずは自己紹介、吾妻謙次郎山形出身 東京芸大を出て助教授をしていたが イタリアの彫刻家マリノ、マリーニの教示を受けたくミラノに在住、昨年はドイツで作品を作っていたとか、会話の合間に東北なまりが混じるのがボクにとっては親しみを感じさせてくれるのだ。
イワオ君は名古屋生まれ 両親が彼の高校時代になくなったので 一時は暴走族で荒れた時代もあったが、叔母を頼ってサンフランシスコに来たのだが、SFに着いたその晩街に散歩に出て黒人街に迷い込んだ。
いきなり後ろから羽交い絞めにされ 金玉を触り放題にされたのでSFがいやになりLAに来たのだという。
それ以後彼は黒人を土人と呼ぶようになっていたなあ、そう聞けば。

 「吾妻さん さっき何やらイタリア語で節がついていたようですが あれはマリーニの彫刻哲学?」
「いや あれはね息子が保育園で歌う歌を しょつちゅうウ歌っていたんでボクもおぼえちゃってねえ」と屈託が無い。
「それにしてもタイミングが良かったですよ」
「君のワンタンメン語にゃあかなわないよ」
「それにしても分けの判らん奴らでしたねえ、けんかを売っといて自分たちが不利になると逃げ出すとは」
「イワオ君 外人という種族は 自分が悪くても謝るとか 間違いを認めるとかは絶対にしないんだよ、これは覚えておいたほうがいい。つい  四五百年前まで専制君主の時代には 間違いを認めるとその場で打ち首なんて国がざらにあったんだから」

                                         続く

謙虚御無用

 彫刻家吾妻兼冶郎氏が作品を出した ビエンナーレでは予想外のシーンがあった。
セレモニーの挨拶が終わって 彼は各テーブルを声をかけながら回って歩いていた、その頃我々の前の椅子には30代と思える外人2人が軽く手を上げて座った。
ボクはイワオと2人だったから、どうぞと身振りで応答した、するとそのなかの1人が彫刻の「MU」とはどういう意味なんだと聞いてきた。
イワオはLAに住んで5年の24歳 昼間は学校夜はでバーテンをしていて 英語は達者な筈だが流石に禅については旨く説明できないでいる。
「英語は旨くしゃべれないんで、、、」と日本人特有の謙虚さが顔に出、相手はサド心に火がついて質問を畳み掛けてくる。
 じゃあ フランス語は? NO ドイツ語は? NO スペイン語はどうだ? NO 「それでよくアメリカに住んでいられるなあ」と思いっきりに莫迦にされた。その頃ちょうど吾妻さんが彼らの背後まで来ていておおよその事は理解できたらしい。イワオの背に周り肩に手を置いて「やあ」と声をかけながら 何やら耳元でイワオにささやいた。
突然イワオは競馬馬が鞭を当られたように シャンと背筋を伸ばしてニタッと笑いながら じゃあ君たちは中国語はしゃべれるのかね? NO 韓国はどうだ? NO ベトナム語カンボジア語はどうだねNO ラーメン?NO ワンタン?NO チャーシューメン?NO ハウアバウト ハッポウサイ!NO 旨いんだけどなあとたたみかける。
それを聞きながら吾妻さん 相変わらずにニコニコしながら 相手の顔を見ながら何やらイタリア語でしゃべりだした。
判ったわかったとばかりにその2人組み 立ち上がって手首を下に何度も振り 逃げるように足早に去っていく後姿、「もう一寸付き合えよ!」と優しく声をかけたのだが、全く付き合いの悪い男だったなあ。

                                  続く




 

ダウンサイジング  2

 ガャラクシーは新緑の季節 お邪魔虫を後部座席に乗せて 海沿いの道をサンフランシスコに向かった。
カーナビもスマホも無い時代 気の向くまま風の向くままの気楽な旅だ、バックミラーに移る吾妻さんは ボクよりは一回り半位上 40代半ばと思われいつも ニコニコと笑顔を絶やさない。
”悪党は常に笑顔でやってくる”と箴言にあるそうだが彼には当てはまりそうも無い、去年はドイツで作品を作っていたとかで「いやあ、、、とんでもない恥さらしをやってしまってねえ、、、」
製作中に見物に来たドイツ人夫婦が 我家に泊まりなさいと 二階の一室を提供してくれたのだという。
朝目覚めるとなにやら料理の匂いがするので 階段を降りてみると夫婦共、素っ裸で料理を作っている真っ最中、
アリャア ドイツじゃあこんな風習があったんだっけ と急ぎ部屋に戻って彼も素っ裸になって「グーテンモルゲン」とオレは裸に慣れてるぜーという顔をして階段を降りた、んだそうだ。
驚いたのはかのご夫婦 奥さんが腰を抜かしかけ ご主人に支えられてやっと踏みとどまったんだとか。

あのドでかい磨かれた鉄の塊 そこに鼠かモグラが食い荒らしたような穴 ユーモアなのか洒落なのか、彼の作品を語るにはこのドイツの裸体験を抜きには語れまい。

                               続く



ダウンサイジング

 次の車が来た、ダウンサイジングした日産ノート中古である。
ぼくは相変わらず抗がん剤を使用していて、体調がいまいち、車選びでは長男に任せっぱなにした。
仲間の中には業者しか入れない鑑札を持っている男もいて オークションで妻が取り回しやすいノートを選んでくれた。

免許を取って62年夫婦で18台を乗り継いだ事になる、1964年東京ではオリンピック ロスアンジェルスではビエンナーレが開かれていた、日本からはミラノ在住の彫刻家 吾妻兼二郎氏が「無」というタイトルの作品を丘に上に立てていた。
何?禅の坊主が日本代表で鉄の塊を立てたのか、とばかりにオ−プニングパーティに行ってみる、12〜3の高さの磨かれた鉄の塊に何やら虫食いのような穴が開いている。
回りには10宅程のテーブルがしつらえてあり それぞれのグループが談笑していた、その間を吾妻さんが挨拶をして回っていた。我々のテーブルに来た時には、やっと日本語が話せるぜと緊張がとれ 人なつっこい笑顔を見せた。
どこからどう話が転がったのかは忘れたが タカオは先週結婚し 明日から新婚旅行ドライブで サンフランシスコ
迄行く予定である事をイワオがしゃべった。
すると吾妻さん「ボクも乗せていけ」と即座に言う 「そりゃあ新婚さんのお邪魔でしょう」とイワオが言えば
「ボクは人に幸せを邪魔するのが大好きでねえ」まるで10年来の知己の様に屈託が無い。
だからボクには甘い新婚の思い出というのが無いのだ、ギヤラクシーはこの時にやめて ダウンサイジング、クーペにしておけばよかったんだ。

続く




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