忖度文化

 テレビで相撲を放送していても千秋楽は見ない。
横綱白鳳が張り手を使えば相手は軽い脳震盪を起こす、となれば白鳳が勝つに決まっている。
その決まりきった勝者に賞金を出す企業がある というのだからバカバカしくていていられないのだ。
ナンでも横綱に対しては張り手を使わない、という申し合わせがあるとかないとか聞く。
あるとするならあまりフェアなルールじゃないなあ、反対なら面白いのだが。

東芝がおかしくなったのも上の者に物がいえないという風通しの悪さ、忖度が原因なったとか。
安倍首相夫妻に忖度したモリカケ問題も、殿のご意向、永いものには巻かれろの封建時代の名残りだ。

「この国は 司法じたいが忖度し」の川柳もある、オリンピック パラリンピック標語は
”おもてなし”より ”SONTAKU”のほうがいいと思うけどなあ。

小さな小さな干し柿

国道を135を右に折れて急坂を登り始めるとミカン畑が広がる。
つい先ごろまで黄色だったミカンは、今はもうオレンジ色に色変わりしている、オレンジ色とはよく言ったもんだ。
良くは判らないんだがミカン畑には、よく柿ノ木が植えてある、10M以上の高さで渋柿の実を一杯つけている、
数百個の赤い実で葉が全部落ちているから、まるでクリスマスデコレーションだ、誰もこれを採ろうとしない、
なら何故植えてあるのか? 
テニス仲間の一番若いS君がこれを欲しいという、渋柿を食えば渋いハンフリー ボガード見たいにでもなるつもりなのか。
近くのミカン農家に聞くと「あんな小さいの採っても誰も文句言わないだら」そんじゃまあもらっていくだら、と沢山採ってきた。

疎開先の宮城県では大きい釣鐘型の渋柿だった、採って干し藁の中に入れておくと熟して旨くなる、と学校に行く途中一生懸命励んだもんだが、熟した頃には誰かに盗られてて食べた事はなかったなあ。

ぼくはゴルフボールほどの大きをさちまちまと皮を剝いて16個縄につるした、彼は家に帰ってから百個吊るしたと言う、「渋いうちに食えばハンフリー、ボガードになれるぞ」「誰ですかナントカ ボガードって?」
57才じゃあ知らなくて当然か、干し柿出来上がった頃には梅干位になっているだろう、それでも新潟 故郷を思い出させる味にはなるだら。

ブルーヘブン

 天気のいい日は気分がいい、当たり前だが身にしみて判ったのはつい最近。
高気圧に覆われると、来月からテニスに復帰できるかもと思い、低気圧が伊豆半島を覆うと体調がめっきり悪くなる。
右手の動かし方で骨がコッツンと鳴ったりビリビリッと来る、そしてあちこちが痛むんだからたまらない。
テニス仲間の50代の女性は肩の骨を折って、復帰までに八ヶ月掛かったという、50代で八ヶ月ならオレは一年ぐらい掛かるのだろうか。一年かかってもいいテニスやゴルフ そしてカヌー遊びが出来るなら。
その時期には老いぼれて体力がどの位残っているのやら。
今の楽しみはDVDと読書しかない、見舞いに友達が貸してくれた葉室麟、池井戸潤、ドロシー ギルマン、原田マハ,恩田陸,角田光代、佐伯泰英、池澤夏樹、と貸してくれた本を片っ端からである。
たまには気分転換でカラオケでもやりたいが、このマンション15年目の改装工事中で娯楽室が使えない、スナックに1人で行く気力もない、と入院している元左官屋の大将を見舞いに行った。
彼は脳梗塞で右利きで左脳をやられたから右手が動かなくなっている、身近な三人の脳梗塞を見舞った事があるが、右利きは全員左脳がやられている。
という事は今右手が使えない事を良しとして 左手を鍛えれば脳梗塞を起こしても左脳がやられる可能性が減るわけ、という事になるだけど難しいんだよなあ、左手を右手並に使うのは。

年代別通話法

 電話をを取ると「ナアンだ元気そうじゃない、心配したぜ〜」あまり聞き覚えのない声。
「何で?」「暇が出来たから箱根方面に行ってみようと思ってさ、ついでにお前の情けない姿を拝見しようってPCメールを送ったら返事がないから心配したんだぞ」
そういえばここ一週間ほどPCを開いてなかった、「今名古屋だから二時間後に会おうぜ」で電話は切れた。
関西に住む悪友からだった。
まあ 振り込めサギじゃなくて良かったのか悪かったのか、いまいち面白みに欠ける事は確か。

年齢の上の人は固定電話か手紙とハガキ、同じ程度の年代はガラケイとSNSのショートメール、も少し若くなるとスマホでLINEが多くなっているのかな。
連絡する時には顔を思い浮かべ、あいつはガラケイ?あいつは早寝だからショートメール送っとくか?あの人は手紙だな等と通信法を選ばなければならなくなった。
便利になったのかシチめんどくさくなったのか判らん。
息子夫婦が研修をかねて一家四人で九州へ行った時には、嫁がLINEで写真も送ってくれた、外人講師と遊ぶ孫達、
小倉城をバックに人力車に乗った孫とか車夫に抱かれた孫の笑顔等など、いっしょに旅しているような気分も味わえる。
こんなのは先ずは嬉しいほうだ、オレのご幼少の頃は糸電話だったんだから。

女は弱 しされど

 若い女性が過労死と過労による自殺をしたという、この国を代表する企業電通とNHKでである。
報道の雄であるべきNHKがこれを三年も公表しなかった隠蔽体質にはあきれるが、それはともかく
若い命を賭けてまで夢中になれる仕事があったのだろうか?
時代小説では藩のために、藩の命で命を懸けるというストーリーは良くある話だし、戦時中我家の庭に防空壕を掘ったら、武士三名の切腹のあとがあった。
中央に主人と両脇に1人ずつ、既に骨も刀も粉になっていたいう、その時代ならばさもアランとは思うが、
今の時代うら若き女性が切腹同様の死に方をするとはどうも解せない。
こんな仕事命懸ける価値があるのかよー、冗談じゃネエヤ仮病になってやれ、もっと人を大切にする会社でやり直してみようなどとは思わなかったのかな。

それに対極するのが2人のセンセイ方、言わずと知れた「この ハゲー」議員の豊田真由子センセイと 週四日もホテルに通つた精力絶倫の山尾志桜里センセイである。
マスコミに叩かれても、世間の目がどうであろうと又も選挙に立候補したという。
乞食と議員は三日やったら辞められないとか聞く、この2人にも自殺を考える純情な時期があったのだろうか、それとも元々恥なんて感じない遺伝子を持って生まれてきたのだろうか。
「女は弱しされど母は強し」と単純に考えたほうがよさそうだ。それにしても
議員同士がろくな働きもしていないのにセンセイ センセイと呼び合

うのを聞くと鳥肌が立つのは俺だけかな。

友を選ばば

 右手を上げると骨がきしむ、左手を上げると帯状疱疹で痛い、だから目薬もさせない。
そんな悶々とする日を送っている時に電話がなった、昔懐かしや 半世紀近くも前に済んでいたマンションの 住民八木さんからである。
「俺 八木だけど、、、かわいさん元気?」
「それが元気じゃないんだよ」で始まりバイクの事故の一部始終を話してしまった。
彼は建築会社の札幌営業所長を務めていたこともあり、子供同士が友達で仲が良かったが、お互い変な奴がこのマンションには住んでいるな位の認識だった。
休日には車のエンブレムをはずして歯ブラシで磨くほどの車好き、子供が車を触ると「触るな 車が汚れる」といい僕の方は「触るな 手が汚れる」 という違いがあった。
体が大きく星野哲郎に似たダンディな男である、夜の十時ごろ聞きたい事があって電話したことがある。
「河合だけど夜分申し訳ない」
「あっ、、、河合さん 悪いけど今日は若いのが皆出払っちゃって ババアが1人しか残ってないんだよ」とデリヘルのおやじを演じみせる。
彼のバイク仲間にもおかしいのる、S君は超が付く女好き、車が縁で引っ掛けた女とデートは京都としゃれ込んだ。
京都中どこ行っても男が2人、目立たないように後を付けて来る、気になって仕方がないが 日が暮れてきたので、予約していた都ホテル逃げ込んだ。
ベッドに入って「今日は気持ち悪かったなあ,変なのに付回されちゃちゃってサア」
「ああ、、、あれ?あれはウチの若い衆よ」とまあ ヤクザの組長の一人娘だった。

「河合さんの話 あいつらが聞いたら歓ぶだろうなあ〜」と八木さん
追加サービスで肺に刺さった骨の写真と、肋骨が折れた二枚のレントゲン写真を郵送した。
まあ笑ってやってくれ、いい供養になるだろう。



弱り目祟り目

 朝心臓が痛くて眼が覚めた。
夕べ寝る前にも痛かったし、その前の日にも背中側が親指で押されるように痛かった。
祖父が86歳で亡くなったときの病名は心筋梗塞だったなあ、と思い出してみる。
キューシンキューシンなんてえCMもあったから アレを飲んでみるか、ブランチを軽く済ませ車で山を下りる。
売薬を試すよりホームドクターに相談すれば、75歳以上は薬代が一割で済むし、心臓外科はあそこに病院がいいわよ等と紹介もしてくれるに違いない、と岩崎CCへ行くことにした。
聖子先生に痛み具合を話して、”ム〜ネの痛みは恋わずらい、、、”てえ歌が在るけど最近恋をした覚えはないという本音も伝えた。
先生シャツをめくって心臓の辺りと背中も見て、笑顔で言うには「これは帯状疱疹よ」と断言する、体にストレスがたまると発病しやすい病だという。
五日分の処方箋を出してくれて、「これで治る筈」そっけない、後ろに立っている看護士2人もニコニコ笑っている、この二人が真剣な表情をしていれば重病の疑いあり、笑顔なら患者の思い違いとわかる。
人が折角戒名まで考えてきたのに。

 体内のストレスカあ 肩甲骨の二つの穴を塞ぎ、肋骨7本の修復作業をやってくれているわけだからストレスもたまるし疲れる訳だ。何をやってもすぐに疲れるし体重も3キロ減った。
気分転換にと見たDVDがこれまたいけなかった、マイケル ムーアの「シッコ」日曜大工で指を二本落として医者の見積もりが6万ドル、義指ですませれば1万2千ドルとか、保険加入者にもいかに支払いをしなくて済ませるかで報奨金が出る会社のシステム。
国民皆保険を訴えたヒラリークリントンは 保険会社に抱え込まれてしまう等など、この国で怪我をシテ本当に良かったと思える映画。それにしてもフランスの医療制度、学費無料、保育制度の充実を見てしまうと、この日本という国を考えさせられてしまう。
同じような税金を払っていながらこのなんたる違い! 中高大学生徒全員に見てもらいたい映画だ。

そうだこれがストレスの原因だ。 




骨はどこへ行ったの

 五十日ぶりに大浴場の温泉風呂に入れた。
そして週末には我らがテニスグループSRCの納涼会である。
会場は湯河原のイタ飯屋トルティーノ、参加者はドイツのMrランガー一人が旅行中で欠席で14名である。
乾杯の音頭が終わると先ずはしょっぱなに挨拶をさせられた、メール、電話、来訪と皆さんから励ましの言葉や見舞いの品々をいただいたのだから、お礼の挨拶は覚悟はしていたが、、、。

事故の経過、閉院後の病院、待っていてくれた医師と看護士、呼び戻したレントゲン技師、そこで判った肺への出血、出血がひどくなれば呼吸困難になる事、緊急救命の外科のいる病院探しと救急車の手配。
病状の深刻さは説明されていなかったから、痛みも無くイタってのんきにしていたのだが、「眠るといけないので五分毎に話しかけますよ」とは救急車の中で言われていた。
そんな生死にかかわる説明を真剣にしているのに、皆は黒く日焼けし顔を俺に向けてニコニコ、ニヤニヤと落語でも聴くように嬉しそうに聞いているのだ。
なんとまあ薄情なテニス仲間達よ、
                「他人の不幸は蜜の味ってか。」
治ってコートに出たらコテコテニ仕返ししてやるからな、といえるほどに腕が無いのは残念である。

それにしても気になるのは肩甲骨に開いた、親指と人差し指の先をくっつけたほどの穴が二つ開いている、
where the flowers gone (花はどこへいったの)はアバのヒット曲、骨はどこへ行ったんだろう?。

マドンナ昇天

 1964年東京オリンピックの年、ぼくはLAのコーヒーショップで働いていた。
仕事に慣れオーナーのスーも安心したのか、昼下がりの客の少ない時間に、「一寸出かけてくるわね」と曲がりかけた腰を伸ばしてどこかへ出かけていった、珍しい外出である。
夕方客が集まる時間には戻ってきたが、開口一番「日本の女も綺麗になったもんだねえ、、、顔も明るく都会的になってさ、」と驚いた様子「モンローような女」という映画を見てきたのだという。
そして盛んに真理明美という女優を褒める、最もスーは自分の過去を語らないから 想像ではアメリカに移住したのは戦前、驚くのも無理は無いのかな。

 帰国して雑誌社に顔がつながるようになった頃、漫画サンデーの岡部女史が「河合さん撮ってみたい女優いる?」
「いるいる真理明美ですね」と反射的に応えていた。そして後日真理明美のカルマンギアで湘南の海に、水着のモノクロ6ページを撮りに行った。
スーの評価どうりプロポーション抜群、表情の作り方も申し分なく、何よりも芸能人的な気取りが無く友達感覚ですっかりファンになってしまった。
その後ヌードも撮ったのだが、この時はとんでもないミスをやらかしてしまった、どううせ女優が始めから脱ぐわけはアルマイと、アメリカから船便で送り返した期限切れのフイルムを カメラに入れてあったのだ。
ところが彼女気風よくサラリと脱いでくれたから こっちもあわててシャッターを切るのに夢中になってしまった。
現像が仕上がるのが不安で待ちどうしかった事、あんなにイライラして待つ眠れない夜は無かった。
翌日の仕上がりはブルーのフィルターをかけたよう、岡部女史は「アラ クールじゃない素敵じゃないの!」と最大級の賛辞をもらった。

 後日山仲間の堀田が事務所にふらりとやってきた、彼は大塚商会の営業マン、お得意さんの会社の営業部長を訪ねると「堀田君 女はこうでなきゃあねえ」といって机の引き出しを開けると、真理明美のピンナップがドドーンと飾られていたという、その報告に来てくれたのだ。
その堀田は定年退職後夫婦でスイスを旅した後亡くなったし、わがマドンナの真理明美も昨日77歳で逝ってしまった。
    2人共忘れがたい思い出を残してくれた冥福を祈ろう。


静かな楽しみ

 莫迦な事故を起こしてから約一ヶ月、呼吸器外科からはもう来なくていいと言われ、
整形外科では、そろそろ月気離譽鵐肇殴鷂〆困任いい箸凌巴任鮗けた。
右手は120度まで上げていいと医者は言うが、180度までは上がるのだが下げるのがまるでダメだ。
ズボンをはくとき、便座を上げる時ビリビリっと電気が流れるように痛みが走る。
上げるほうは「先生 オシッコ」などとガキの頃 良く手を上げていたから筋肉が鍛えられているのだろう、
それに対して下に下げるのはダメだ、下ネタは苦手だったからに違いない。
医者には暫く静かにしていろといわれたが、右手が10%位しか使えないから静かな楽しみを見つけるしかない。

新聞雑誌TVが面白い話題を見つけてくれるので、まあ退屈しないで済んでいる。
殿が増長してなにやらやらかし、奥方もこれに習い、藩士達は「こらー ハゲ」と叫び「ナイスルッキング」と己惚れるているから、この田舎芝居は楽しめる。
それでも支持率30%を越しているというから、町民は優しいのか愚鈍なのかが判らん。
清涼剤と成るのは一冊の写真集「BEFORE THEY PASS AWAY」−彼らがいなくなる前にーだ、
イギリスのジミー ネルソンが地球の辺地の住む20の地域に住む 少数民族を取材した写真本である。
文明を拒否したのか、辺地で届かなかったのか、写真の構成力とそして世界の広さに驚き、感嘆させてくれるのだ。
素晴らしい写真家がいたことに 今夜は乾杯だ、いや まだ酒は飲めないんだなあ これが。





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