わが家の竹取物語 その2

 友人知人あわせて約20人が竹の子取りに来た。
1人5,6本掘ったとすると合計百本はゆうに超える勘定になる、
我々の他にも早朝軽トラが大分入っていたというから、想像を超えた本数になる筈。

竹の子は掘るのか切るのか、採り方は個人差があり色々だが、孫の梓は個性的なぶった切りだ。
細めのスコップを自分で持ち、自分で見つけて竹の子の脇にスコップを差し込む、背に体重を乗せて力んでみるが、
小学校1年生の体重では無理。
「手伝おうか?」 「いい自分で掘る」とスコップを水平にして地面すれすれにひっぱたき出した。
10数回叩くと薄黄色の中身が見えてくる、そこを又叩いて両手で向こう側に押すとギグイと音がして一丁上がりだ。
腰の入れ方がサマになっているから,この分なら女土木作業員にはなれそうだ。
夕飯にはすき焼きに入れて食べたが、自分で採っただけに大満足の様子、旨そうに食べていたっけ。

 そして今日も採りに来た友人がいる、例年ならもうシーズンは終わっている筈なのに。
「沢山取れたから置いていきましょうか」「いやウチは竹の子生活しているから共食いになる、イランよ」といえば
「え〜っ 竹の子生活てなんですか?通販生活なら知ってるけど、、、」
こいつら幸せな時代に育ったんだなあ。






わが家の竹取物語 その1

 大きく育った大手鞠が緑色の花をつけ始め 白に変わって花びらを落とし始めた頃に 竹取の季節が終わった。
知人友人テニス中間あわせて述べ20人ほどが竹取に来た事になる、御蔭で皆さん飲み物をペットボトルで持ってくるからスタジオの冷蔵庫が一杯になってしまった。
CEO夫婦が来た時には途中から電話あり「急坂でタイヤがスリップして登れない」という、
「安物の車で来?」たんじゃないのと冗談を言えば 「値段は高かったけど走りは安物かあ」と返してくる。
トヨタレクサス450である。
居合わせたS君と急坂に駆けつけると、後ろ右のタイヤが空転して白い煙を吐いていた。
トランクを開けて石垣の石を3,4個載せればいいのだが、石の返却が面倒だ、かといってタイヤの空気を抜けば
CEOが嫌がるだろうし、、、な。
とりあえず体重の重いS君を右後ろに乗せ、ご夫妻も後ろの席に移ってもらった。
ぼくが運転席に座りエンジンをかけようとしたらキーが無い、キーを挿しもむ穴も無い、分けも判らずボタン触ったら座席が後ろにひっくり返ってしまった。
ブレーキを踏みながらスタートボタンを押せばいいという、その通りしたらエンジンは掛かったらしいのだが音が小さくて音では判別不能だ。
ギヤをロウに入れ方、サイドブレキーのはずし方等、後ろにいるCEOに聞かなければならない、まるでUFOを運転させられているよにしてスタジオにたどり着いた。
アーいやだ58年の運転で身に付いた感覚を修正しなければならないなんて。高級車高価車はおれには合わん。
身分相応並の車が一番いい、竹の子が教えてくれた教訓であるろう。

筍狩り

 ミモザが散り桜が散りエリカが精彩を欠いてゆく頃、竹の子狩りの時機到来となる。
我らがテニスグループの若手、S君が竹の子狩りを今か今かと待ちわびている。
彼は新潟出身の56歳デザイナーだという、背が高くガッチリした体格 色黒で髭面、デザイナーといわれなければマタギと間違えられるほどにワイルド。
二月の終わりから毎週土曜日になると「竹の子はまだですかね?」を繰り返し聞いてくる。

「猪が土の匂いをかいでその堀跡が出来たらそれから一ヶ月だな」
「野菜売り場に竹の子が並んで 熊本産鹿児島産とかいてあったら その後3週間だな」
「「何桜が散った?ジャアまああと2週間かな」
「猫に盛りが付いてギャーギャー騒ぐようになったか?」「ウチはマンションだから猫の声は聞こえません」と彼
「じゃあ娘たちがコートを脱いで 胸のふくらみが目立つようになったら山に入ってみな」

待ちに待った竹の子狩りの日、一回り以上は年が違いそうな切れ長の目をした美人妻を連れてきた、ツルハシとシャベルを使って格闘する事三時間、熱海の大きなゴミ袋を三つ下げて山から下りてきた。
 汗まみれになったドクロマークの入った黒のポロシャツ、黒で四駆のポルシェにのって意気揚々と引き上げていった。
これから竹の子の写真を撮って嫁の実家の送るんだという、羨ましい若さだ。

レンタル ビーコン

 おいおい、又やってしまったのかよ、三月末8人の雪崩の犠牲者である。
_晋寮稱注意報を無視したのか?
何故ブッシュの中で訓練をしなかったのか?
2晋料躬愆官は無線機を肌身離さず持っていなかったのか?
げ晋梁茖押第3の無線連絡を考えていなかったのか?

 この季節、厳冬期を過ぎて三寒四温を繰り返す、温で雪がとけ、寒で表面が凍る、その上に又雪が降れば、滑り台を滑るように雪が雪崩落ちる。
これらを考慮しなかった指揮者、指導者による人災である。
我々も厳冬期に雪崩で2人の犠牲者を出している、昭和34年、翌年の初夏になって鉄の棒を突きながら遺体を探した。

 今の時代はビーコンもある、個人が持つには負担が大きい、登山口でレンタルビーコンを義務付ける事はできないものか。
電波が通じるところなら、携帯電話、スマホにビーコン機能が付くのが理想なのだが。
まだまだ今年も雪崩は続く、これを学習して犠牲者を出さないで欲しいものだ。







サイコパスと忖度と

 「サイコパス」同名の本の売り文句には 「平気でウソをつき、しかも罪悪感はゼロ、云々」とある。
森友学園問題、話題に上っている関係者全員がサイコパス、サイコパスじゃないとやってられない地位、職業。
書類を早々と廃棄した財務省の役人は上への「忖度」 さて結果はどうなる事やら。
国民感情をソンタクした結末になるか? やっぱし、、、で終わるのか楽しみである。

「 この国はそもそも司法が忖度す 」 (朝日川柳:久保陽介 3,30)

けつねうどん

 京都の太秦東映撮影所にはよく通った。
あれは春うらら桜の季節だったなあ、車を止めて宣伝部の部屋に入ると誰もいない、そうだ丁度昼休みの時間だ。
一息ついていると蕎麦屋の出前が来て、ぼくの座る前のテーブルにどんぶり二つ、割り箸を二膳並べていった。
暫くすると男が入ってきてどんぶりの前に座り、離れておいてあったどんぶりも 自分の前に手繰り寄せた、
驚いて「エーッ 二つも食べるんですかー?」と声に出してしまった 
「このけつね 旨いんですよ ひとつどーぞ」と割り箸をどんぶりに乗せて差し出してくれた、思わず顔を見ると
その男は渡瀬恒彦だった。
体も酷使しているだろうに、自分お昼飯を見ず知らずのおれに差し出すとは、われはなんちゅう男じゃ。
彼の優しさがけつねを差し出してくれたのは判るが、東京ではありえない、神社仏閣や翠が多い京都ならではと思うのだが。
中近東の内戦のようすをTVで見ると緑色が極端に少ない、 だから殺し合いが際限なく続くのだ。
樹木が発するイオンは 人を優しくさせる力があるに違いない と思えてしまう。
花粉には悩まされるが 樹木達の恩恵の一環だと諦めるとするか。

渡瀬恒彦さんはあの世でもけつねうどんを 二杯食べているんだろうなあ。

   渡瀬恒彦氏の冥福を祈る。

 




ハワイ コナコーヒー

 苦節ン十年、やっとコーヒーが飲めるようになった 素直に嬉しい。
胃潰瘍と診断されてからコーヒーを飲むと 胃が重くなりムカムカしてくきて恐怖症気味、それがこの冬にコナコーヒーを試してみたらすっかりはまってしまった。
口当たりは軽いけどコクがある 実に旨いのだ。
雑誌には痴呆症予防に コーヒーは効果がると書いてあったが、これは今となってはもう遅かろう。
ご当地では手に入らないのでネットで買う事になるのだが、これが人気が出たと見えて 急に値上がりしてしまった。
yahooにいくつかショップが出ているが。やはり2 300円 高くなり入荷待ちとの表示が多い、当方金欠につき安いチョップを見つけて、「4 5日で出荷できます」という店に頼んだ。
一週間待ち 二週間待っても来ない、痺れを切らしてアマゾンに頼むと翌日に届いた。
そして前に注文したショップからは四十日目に届いた 「もう待ちきれず 他から買ったから返送する」と言えば
「翌日遅くなるとメールしたじゃないですか」 「何で電話してくれないんだ 4 5日で配送できますを信用して注文したんだぞ 日に30も40もメールが来るのにいちいち確かめていると思うのか?」
「ヤフーではメールで応えるように指示されています」 「君はメールが読まれたと確認できたのか」等の応答があった。
当方気弱なくせに向気が強いという欠点がある、電話で確認しておけば とか4 5日の表示が間違いでしたとか云ってくれれば丸く収まったものを、、、。
人生先が短くなると 先を急ぐようになるんだな と反省しながらも返送してしまった、当然ながら後味は悪い、
ハワイのコナコーヒーは旨いけど。 



NICE DAY TO DIE

湯河原に来ておおよそ十年 折角知り合った友人知人恩人が あの世に旅立っていった。
先週は伊豆山のそば屋 きむらのおやじ木村伊豆男さんが亡くなった、蕎麦がき、アナゴ天ざる、鍋焼きうどんと彼の作るものは何を食ってもうまかった。

 周りから聞いた話では 先代が鎌倉から移住して息子には 伊豆男と名付け我々はよそ者 地元に尽くせよと家訓を垂れた、彼の代になってからは母親から三千万円を借りて 御輿を買い地元の青年を集めて御輿の会を作り
、その団結力を消防団として活動するようにした。
スタジオの近くで火事があったとき 湯河原からの倍の距離がある 伊豆山の消防団が最初に駆けつけてくれた。
私どもが参列した通夜には消防団と 揃いの印半纏が仕切り 三百人近いと思われる参列者をさばいていたっけ。

 彼は七,八年病んでいたのかな、病んでから行く人、病まずにポックリ逝く人 自分では選べないけど、望みとしてはインデアンの酋長の旅立ち方だなあ。 これは前にも書いた事だが、
 寒くなく熱すぎもしない季節 「Nice Day to Die」(死ぬのにいい日だ)とつぶやいて丘に登っていく、夕方になって娘が探しにいくと 大きな木にもたれて眠るように死んでいたとか。

おれには娘がいないから これは一寸無理かもしれないな。 

トイレと便所

 「今夜が最後になるかもしれませんよ」次男の嫁の最終通告である。
孫の梓はこの春から小学生 温泉大浴場の男風呂には入れなくなる というのだ。
ぼくが頭を洗っていると 水風呂から小さな手で 水をすくってきて背中にかけるいたずら、風呂に入れば隣の水風呂と温泉で水とお湯のかけっこ、あの楽しさももう終わりなのか。
 
 共稼ぎの息子夫婦は通学用の オヨーフクを選んでいる時間が無いという、二歳の次女がいるのではさもありなんとばかりに代役を買って出た。
平塚のららぽうとに向かう 車の中で妻から聞いた噺によると 梓が入る予定の世田谷の公立小学校は 低学年用トイレは低学年用和式2+洋式2だそうな、和式は床が濡れていることが多く 濡らさない訓練と濡れにくいオヨーフクを選べという事になる。

 ホントかよーアンビリーバボー 妻が服を選んでいる間 その学校に電話してみた すると確かに2+2であるという、そして洋式に変える予定は 無いとの答えが返ってきた、当然ウオシュレットなどある筈はない。
ちなみに湯河原小学校に問い合わせると やはり2+2だったのだが、、、町の予算が付いて4月から順次洋式に変えていくという、これでウオシュレットが付けば完璧なのだが。

 LAにいるときにジャズの生演奏を聴きに シェリーマンの経営する 「マンホール」に日系三世の女性が案内し一緒に行ってくれた 日本語は達者だった筈、理知的な顔の美しい人、 インターミッション時に「便所に行ってくるね」にはガックリさせらたのを思い出してしまった。
和式は便所 洋式はトイレというのかな マンホールは洋式だった筈だが。

花と鼻

 ”梅は咲いたか桜はまだか”の季節である。
ご当地湯河原では熱海桜が既に散り、梅の花が今満開である。
この熱海桜と河津桜花がピンクで 昼間青空の下で見ると なにやら場末のアルサロやキャバクラを連想させる、が夜になって下から照明を当てると華やいで妖艶に見えるから不思議だ。
 でも 私にとっては花よりも鼻が気になる、鼻ずまりがひどくなり日に6,7階の点鼻薬の噴射、夜寝ていれば息苦しくて眼が覚めることもしばしばあった。

 熱海の国際福祉大学病院で耳鼻科を尋ねると 先ずは問診票を渡された。
大きな手術をしたことがあるか、現在飲んでいる薬は?などの一番下には妊娠していますか とあった、側に立って待っていた看護師に「この質問は男の場合 何人の女を妊娠させましたか?でいいのかなあ」と聞けば
「あのう それは、、、えーと、、、」とすぐには応えられないほど純情であった。

 四日後にレーザー光線の治療を受ける予約して 昨日その治療が終わった。
これで完全に治療できると 保障できるものではないらしいが、後は神に任せるしかないのだそうだ。
小川先生が治療後の説明をしていたが、緊張感がとれて何を云ったか覚えられなかった。
メガネをはずされ 青い覆いをはずされてやっとの思いで起き上がる、
ベッドを降りると看護師3人が満面の笑顔で迎えてくれた、うれしかったなあー。
手術室を出たときの爽快感、ああやっとシャバの戻れたぞっと云う安心感、たった12分15秒だったと後で聞いたのだが
4,50分に感じられた。
又手術をする時にはこの病院にしよう, まさかご臨終間近です といわれた後にならないだろうな。


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